国政の話題に、あべ力也が一言
喜んではいられない、
食料品の消費税を1%にすると、
国民はさらなるインフレと円安にさらされ、
逆に負担が増える理由
国政で「食料品の消費税を8%から1%に、2年間限定で引き下げる」という案が話題です。数字だけ聞けば、誰もが「ありがたい」と思うでしょう。正しい減税ならば、私も大賛成です。しかし、あえて申し上げたい。「その減税、本当に皆さんの可処分所得を増やしますか」と。
まず、私たちが世田谷区で掲げる「住民税5%減税」からお話しします。物価が上がり給料も名目上は上がった一方、住民税は所得に応じて自動的に増えていきます。生活は苦しいままなのに、税金だけ静かに増える——これを「ブラケット・クリープ」、隠れた増税と呼びます。住民税5%減税は、この取りすぎた分を区民の皆さんにお返しするだけの、筋の通った政策です。インフレで増えた区の自然増収分を財源に充てるため、行政サービスを削る必要もありません。
ここで、見落としてはならない構造的な違いがあります。世田谷区のような基礎自治体は、金融政策の手段を一切持ちません。区にできるのは、税率や予算配分といった財政政策の範囲内での判断だけです。区の自然増収は、区が動かすことのできない外生的な要因——国全体の物価や為替の動向——によってもたらされたものであり、区はそれを黙って受け取り、区民に還元する以外に選択肢がありません。だからこそ「自然増収」という言葉が、区にはそのまま当てはまるのです。
一方、国は違います。国は、予算や税制といった財政政策に加えて、金融政策——金利、為替、量的緩和など——にも、日銀との連携を通じて影響力を持つ、唯一の主体です。物価や円安の動向そのものを左右できる手段を握りながら、その結果生まれた税収増を「自然」と呼ぶことができるとすれば、それは区のような単一の手段しか持たない自治体とは、決して同列に扱えません。
国の「食料品消費税を1%に2年限定で引き下げる」案には、この違いを踏まえてもなお、二つの強い懸念があります。
第一に、財源です。政府は、主張自体は明確に示しています。
「特例公債(赤字国債)に頼らずに確保する」
「歳出歳入両面の改革を進める」
「補助金や租税特別措置の見直し、税外収入を活用する」
しかし、中身は依然として曖昧なままです。7ポイントも下げれば数兆円規模の財源が必要になりますが、どの補助金を、どれだけ、いつまでに見直すのか。税外収入とは具体的に何を指すのか。その答えはいまだ示されていません。
仮に、これらの改革だけでは財源を賄いきれず、結果として税収の増加分に頼ることになるとすれば、見過ごせない問題があります。日本政府・日銀は、デフレ脱却を掲げ、2%の物価目標達成に向けて、長年にわたり金融緩和や円安容認の政策を、意図的に、公式方針として続けてきました。今の物価高や円安は、偶然でも天候でもなく、政府自身が選び取れる政策の帰結です。財政政策と金融政策の両方を握る主体が、その帰結として生まれる税収の伸びを財源として当て込むなら、それは自ら誘導した物価高を、家計への転嫁という形で回収する構図にほかなりません。国債という「見える借金」を避ける代わりに、「見えない負担」を家計に負わせる——それは財政規律ではなく、負担の付け替えです。「増税」は有権者に直接不人気ですが、「インフレ放置」は日銀の独立性や国際情勢のせいにでき、責任の所在が曖昧になる——この非対称性こそ、財政当局にとって都合の良い誘因構造なのです。財源の具体策を示さないまま減税だけを先行させるのは、この構造に依存している証左とも言えるのではないでしょうか。
第二に、「2年限定」という設計そのものの危うさです。終了間際は買いだめ、直後は消費の反動減。そして2年後、1%から8%へ戻る瞬間、家計は実質7ポイントの急激な負担増という「崖」に直面します。恒久減税なら起こらない崖を、自ら作っているのです。恩恵は2年で消えても、その間進んだ物価高は食卓に残り続けます。
減税には二種類あります痛みの原因を取り除く「構造的な良い減税」と、
痛みを一時的に麻痺させるだけの「見せかけの悪い減税」です。
住民税5%減税は前者。インフレで生まれた取りすぎを、区民の皆さんに恒久的に、確実にお返しします。財源の裏付けが曖昧な時限減税は、残念ながら後者になりかねません。
政治の役割は、耳障りの良い数字を並べることではなく、皆さんの暮らしが5年後、10年後も本当に楽になっているかに責任を持つことです。
減税日本は、その場しのぎではなく、
皆さんの可処分所得を構造的に、恒久的に守る
「本当の減税」を、
これからも実現してまいります。